子ども発達支援センターで田植え 本物の体験から生きる力を育むために
2021.07.01
埼玉高速鉄道「浦和美園」駅から歩いて10分ほどにある子ども発達支援センターつむぎ 浦和美園(埼玉県さいたま市)では、未就学児を対象とした児童発達支援と、小学生以上を対象とした放課後等デイサービスを実施しています。
どろんこ会グループが運営する放課後等デイサービスでは、グループ全体の理念同様、子どもがやってみたいことを自分で選択し、すべて自分で経験してみることを大切にしています。そしてここ、つむぎ 浦和美園では、大人が決めたことをする「訓練の場」ではなく、「子どもたちが自分で考えて生活するひとつの大きな家」でありたいと考えています。
今回は放課後等デイサービスに通う子どもたちが5月下旬に挑戦した「田植え」の現場をレポートします。
子どもの心に寄り添うことを第一に
放課後等デイサービスを利用する子どもたちは近隣のさまざまな小学校から通ってきます。
スタッフの山本さんは、「子どもたちがたとえここに来るまでに大変な思いをしたり、なかなかうまくいかないことがあってへこんだりしていたとしても、私たちは第一に子どもの心に寄り添いたいと思っています」と話します。
入職して2年目の小松さんも「私も寄り添うということを大切にしていきたいと思っています。子どもが自分のことを否定するのではなく、ありのままの自分を受け入れられるような支援がしたくて、ここに来ました」と熱い思いを語ります。
副施設長の橋本さんは日々のスタッフの様子をこう語ります。「皆、子どもたちのことを本当によく見ています。子どもたちがどういう場面でどんな気持ちになっていて、どういう風にしていきたいのか、言葉に出ないことにも常に気を張ってアンテナを立てています。そうして子どもの様子を敏感に察知して、さりげなく仕掛けを作ることで、子どもたちが自発的にやってみようとなる気持ちにつなげています」
畑仕事から田んぼへステップアップ
どろんこ会グループの子育て理念として「直接体験を大事にする」というものがあります。
それは発達支援においても変わりません。そのため積極的に戸外活動も実施しています。
つむぎ 浦和美園の目の前には広い空地があります。地主の方がご厚意で使わせてくださることとなり、用務の阿部さんが敷地の一部に畑を作り、放課後等デイサービスに通う子どもたちも「畑仕事」に取り組むこととなりました。
「私たちが畑活動と言わず、畑仕事と言うのは意味があります。仕事になるということは自己有用感につながります。あなたがそこにいる意味がある、ここには自分の存在価値があるということが感じられるのは、放課後等デイサービスでは大事なことです」と古川施設長は力を込めて語ります。
最初は野菜=食物であると理解できる子、できない子もいます。畑に近づくことも、土から虫が出てくる場面を見ることすらできなかった子どももいました。「でも、だんだんと成長する野菜を見ていく中で、子どもたち自身が畑で何をするかが自発的に出てくるようになりました。その様子を見て、さらにステップアップできないかと考えたとき、田んぼはどうだろうかと考えました」と山本さんは振り返ります。
とはいえ、雑草だらけ、石ころだらけの土地。まずは土づくりから始まりました。用務の阿部さんが毎日、硬い土を掘ってほぐし、石ころを取り除くためのざるも手作りしました。とにかく根気のいる仕事でしたが、今年度新たに入職した高橋さんも加わり、田んぼがだんだんと形になってきました。排水システムもなんと、竹筒を使って阿部さんの手作りです。
無事、田んぼに水を引くことができたところに、児童発達支援管理責任者を務める影山さんが実家から稲の苗を取り寄せてくれました。 影山さんは、室内に稲の成長過程を見せる写真を、あえてどのような順番で大きくなるのかを示さずに展示したり、玄米と白米のもみを混ぜて、どのもみから芽が出るのかを実験してみたりして、子どもたちの自発的な気づきを促せるよう工夫しました。
大人の予想を超えて輝きを見せた子どもたち
そしてようやく出来上がった田んぼに田植えをする日が来ました。
まずは、大人が見本となる3列を植えて、どこに植えるか分かるように縄で示しました が、実際はその通りに事が進むことはありませんでした。真面目に黙々と苗を植える子もいましたが、泥にダイブして全身泥まみれになりながら満面の笑顔を見せる子、端っこで恐る恐る植えてみる子、田んぼの中には入れないけれど、苗を投げて植えてみようと試してみる子、足跡に植えて土をかぶせてみる子、本当にさまざまに田んぼと向き合っていました。
中には、感覚過敏で泥に一切触れなかった子が、じゃぶじゃぶと泥に入っていく姿や、周りの友だちに興味をもたなかった子が、友だちの様子を見て一緒に入れるようになった姿も見ることができました。こういった姿は、スタッフの予想を超えるものだったといいます。
「皆、それぞれその子なりの挑戦をしてくれました。子どもたち自身が、自分で輝けるような動きを見せてくれた、充実した時間になったと思います」と、田植えを主導した山本さんもうれしそうでした。
スタッフの伊藤さんはこんなエピソードを話してくれました。
「田んぼには、おたまじゃくしやアメンボ、ザリガニやカエルなどいろいろな生き物が生まれてきます。子どもたちは生き物を捕まえたいと、自分でペットボトルやバケツを持ってきました。でもなかなか捕まえられないからと、網はないかと相談に来ました。それでようやく捕まえると、今度は何を食べるのだろうと、子どもたちが自ら図鑑で調べ始めました。しばらくすると水が汚れてきて、住む場所を考えなければと。そこで園庭の側溝に石を積み、水を貯めて、大人も子どもも一緒に環境を整備しました。このように、子どもがやりたいと思うことに対して、常に準備して、物的環境を提供するための人的環境も必要だと思っています」
古川施設長も「物的環境と人的環境がきちんと合わさることで、子どもたちは発達していきます。ただ、なんでも先に用意するのではなく、子どもが発信したものをキャッチして、子どもの気持ちを受け止めながら、きっかけをそっとあちこちに転がしておいて、物的環境を発展させていくという形を取れているのかなと思います」 田んぼ作りはかなり大掛かりではあったものの、スタッフが一丸となってたくさん転がしたきっかけや仕掛けは、子どもたちの成長に確実につながりました。
わくわくする体験から生活力へつなげる
田んぼを見る、田植えをするということは、都会に暮らしていると、なかなか経験できることではありません。それを直接体験できたことも重要ですが、例えば、ぬかるみを走るというのは、全身を使わないとできないことです。苗をかがんで植えるという動作も協調運動(編注:手と足、目と手など、別々に動く機能をまとめてひとつにして動かす運動のこと)の発達向上にもつながります。
「そういったことを訓練で身につけるのではなく、子どもがわくわくドキドキしながら活動して得たことが、快適に生活するための力につながっていくとよいなと考えています」と古川施設長は話します。
どろんこ会グループの発達支援は、本物の経験を通じ、生きる力を獲得する支援です。つむぎ 浦和美園のスタッフは全力で子どもたちを丸ごと受け止め、大人の予想の斜め上を行く子どもたちの発想や行動を楽しみながら、日々支援にあたっています。