園庭のない保育園での生死教育の工夫 メリー★ポピンズ 登戸ルームの巨大水槽づくりの挑戦
2022.05.26
どろんこ会グループでは、子どもたちの「6つの力」を育むための取り組みを公募し、審査に通過した取り組みに対して活動費の助成を行う「子育て探究費」という制度があります。子どもたちに必要な取り組みに対して、スタッフが挑戦したり研鑽したりする環境を整えるために設けられました。
今回は、この子育て探究費制度を利用したメリー★ポピンズ 登戸ルーム(神奈川県川崎市、以下登戸ルーム)の取り組み「巨大水槽作り」について紹介します。
日常的に自然と触れ合う機会をつくる「巨大水槽作り」
登戸ルームは2021年4月に開園しました。
JR南武線と小田急小田原線の駅であり、現在再開発が進む登戸駅前から徒歩数分のビルの2階~4階に位置しています。アクセスが良い一方で、テナント型の施設のため園庭がないことや、市街地のため施設周辺は緑が少ないことが重なり、日常的に自然や生き物と触れ合うには難しい環境です。
そこで、子どもたちが生き物と触れ合える場をつくるべく、スタッフが企画したのが、「Nプロジェクト~多摩川を再現せよ~」という、巨大水槽作りプロジェクトでした。
生き物の誕生をきっかけに興味関心が高まる
開園したばかりで生き物がいなかったことや、子どもたちが自然に触れる機会を少しでも増やしたいという想いがあり、スタッフがメダカ・ザリガニなど、さまざまな生き物を捕まえては保育園で飼育していました。
ある日、飼っていたカタツムリが産卵しました。ちいさな卵を見つけた子どもたちは大興奮。生まれたばかりの小さなカタツムリを間近に見て、生命の誕生に感動している様子でした。同時期にメダカの稚魚も生まれ、子どもたちの生き物への興味関心は一気に高まりました。
カタツムリとメダカの産卵をきっかけに、いろいろな生き物を飼いたいと思うようになった子どもたち。散歩中に生き物を探したり、近隣の自然博物館で多摩川に生息する生き物の展示を見たり、図鑑で調べたりするようになりました。
そんな子どもたちの様子を見て、より生き物と触れ合える環境をつくるべく、スタッフの一人から「ルーム内に生き物ゾーンを作る」という意見が出ました。
ただ捕まえてきた生き物を個別に並べるのではなく、大きな水槽の中にさまざまな生き物を共存させることで、子どもたちにとって身近な自然である多摩川を施設内に再現するというもの。子どもたちには飼育だけではなく、生き物の生態や食物連鎖などを観察したりと、生死や自然の摂理に触れてほしいといった思いがありました。
新園で初めての協働作業
巨大水槽作りには、生き物と触れ合う環境作りの他に、子どもたちが協働して一つのものを作り上げるという目的もありました。というのも、開園したばかりの登戸ルームでは、保育園に通うことが初めての子どもも多く、集団生活に慣れなかったり、協働して一つのことに取り組むといった経験がありませんでした。
また、登戸ルームに通う5歳児クラスの園児は年度途中の入園だったこともあり、異年齢での関わりに慣れておらず、戸惑っている様子でした。
そこで、5歳児を中心に、子どもたちと一緒に水槽作りに取り組むことにしました。
まずは水槽の枠を作るために、子どもたちと木材の採寸をします。自分の身長よりも大きな木材を作業場に運び出し、定規で測り、丁寧にしるしを付けていきます。採寸後は保護者の方にもご協力いただき、親子で巨大水槽の組み立て作業をすることができました。
子どもたちは水槽作りにわくわくしている様子で、中には作業内容を自主的にメモする子どももおり、意欲的に参加する姿も見られました。
最後に、組み立てた水槽枠を子どもたちが決めた色でペンキを塗り、巨大水槽の完成です。
生き物をきっかけに子ども同士の関わり合いも深くなる
完成した巨大水槽でいよいよ飼育を始めます。最終的な目標は水生生物だけではない土手を含めた多摩川の再現ですが、まずは子どもたちが飼育しやすい虫やザリガニなどの生き物から始め、徐々に水槽内を充実させていくことにしました。
また、水槽の完成に伴い、中心となって取り組んだ5歳児クラスの2人を生き物リーダーに任命。元々生き物に対する興味関心や責任感が強く、積極的に世話を行っていた子どもたちでしたが、他の子どもたちの前で任命式を行うことで、今まで2人の働きを知らなかった子どもたちもリーダーの活動に注目するようになりました。
登戸ルーム施設長である山上さんはこう語りました。
「5歳児の2人は当初、年度途中の入園ということもあり戸惑っている様子でしたが、水槽作りに中心となって取り組んだおかげで、自分たちの思いを伝える機会や、年下の子どもたちの面倒を見る機会が増えました。自分たちの輝ける場所が得られたことで、年下の子どもたちの憧れの存在になり、引っ張っていってくれるようになりました。子ども同士で役割分担したり協力を求めあったりする姿も見られ、新園でしたが、この取り組みのおかげで団結力も生まれました」
初代リーダーが卒園を迎える3月には、リーダーの引き継ぎを行いました。新たにリーダーとなった4歳児の子どもたちは、前任の背中を追うように生き物に対する意識や責任感が強くなり、積極的に世話に取り組む姿勢が見られました。
「生き物に触りたい」から「命を大切にする」へ
水槽が完成したことで、子どもたちの生き物に対する興味関心が一層強くなりました。
子どもたちが生き物を見つける頻度が増える、飼育に必要な植物採取をするなどといった、散歩中の楽しみが増えたことや、今までは遠目で見ているだけだった子どもが生き物リーダーの活動を見て自分から触れてみたりするなど、子どもたちと生き物の距離が縮まっていきました。
ある日、とある子どもが散歩中に見つけたトカゲを飼育しようと持ち帰りました。しかし飼育方法を調べてみると、子どもたちには難しいことが分かり、どうするべきか相談することに。
飼いたいという強い気持ちがありましたが、「飼育できずに死んでしまったらかわいそうだから」という5歳児の意見から、逃がすという結論に至るなど、生き物の命に対してより真剣に向き合う様子がうかがえました。
保育士の瀧村さんは子どもたちの様子について、「子どもたちはとにかく虫を触りたがります。以前は触りすぎて死んでしまったことも何度かありましたが、今では『そんなに触ったら死んじゃうよ』と子ども同士で注意をし合うなど、一層生き物を大事にする気持ちが育ったように思います。5歳児の責任感や大切にしていたことが下の代にもしっかり引き継がれていました」と話します。
今回の企画を担当した渡邊さんも、「今は捕まえてきた生き物単体の世話に苦労していますが、今後、異なる生き物を一緒の水槽で育てようとすると、生き物同士の相性などの問題も出てきます。そうしたことも子どもたちと一緒にチャレンジしながら試行錯誤していけるといいなと思います」と言葉を添えました。
生き物を飼育しているからこその感動を経験してほしい
「子どもたちにとっては、生き物が死ぬ瞬間よりも生まれる瞬間の方が衝撃が大きいようです。生き物を触りすぎて弱らせてしまったり、世話をおろそかにして死んでしまったりと、日常の中で死の瞬間を見ることは意外と多いですが、誕生の瞬間を見ることはなかなかないので、子どもたちもすごく興味を持っている様子でした。生命の誕生は飼育していないと立ち会う機会を作れないため、今後も継続してたくさんの機会を用意していきたいと思います」と、施設長の山上さんは語りました。
水槽自体は完成しましたが、「多摩川を再現する」挑戦はこれからで、完成ではありません。生き物との触れ合いを大切にしながら、今後は子どもたちが生き物についてより深く探究できるよう、子どもたちと共に試行錯誤を続けてまいります。
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