発達支援つむぎ 阿佐ヶ谷ルームとプロのアーティストが表現を楽しむ体験学習を開催
2022.10.06
どろんこ会グループが運営する発達支援つむぎでは、日々の活動ではなかなかできないことを子どもたちが体験できるように「体験学習」の日を設けています。自然探索や川遊び・磯遊びなど戸外で行うものもあれば、ホンモノの材料や道具を使った木工や陶芸を行うことも。時にはプロフェッショナルな技に触れるために、専門家を講師に招くこともあります。
今回、発達支援つむぎ 阿佐ヶ谷ルーム(東京都杉並区 以下:つむぎ 阿佐ヶ谷ルーム)がプロのアーティストを招いた「自由に表現しよう!~一生の思い出に残る絵画づくり~」の体験学習を企画。その様子をお伝えします。
体全体を使ってダイナミックに、自由に表現する体験の機会を
「絵画」と言っても、小さなキャンバスに筆で絵を描くわけではありません。室内全面に貼られた模造紙はもちろんのこと、自分自身もキャンバスとなり、体全体を使ってダイナミックに描いていく体験をします。最後は模造紙から自分が気に入った箇所を選び切り取って、フレームに入れて「絵画」として持ち帰ります。企画を担当した相原さんは、今回の体験学習のねらいをこう語りました。
「ご家庭では、絵の具で思い切り遊ばせたくても、片付けのことを考えると、絵の具をあちこちに塗ったり、体に塗って遊んだりすることはなかなかできません。今回はそうしたことを気にせず、子どもたちに自由に、体を使ってダイナミックに表現する楽しさを体験してもらおうと企画しました。言葉でのやり取りが苦手な子も、言葉以外の表現を楽しめ、他の子どもや大人と一緒に描くことでコミュニケーションを取れる経験にもなればと考えていました」
さらに、今回は地域の方との新しいつながりのきっかけにもしたいと考え、協力してくださるアーティストの方を探していると、国内外で活動するアーティストの松岡智子さんが体験学習に参加してくださることになりました。松岡さんは、幼い頃から過集中と衝動性の二面性を持ち、人と話すのが苦手なため、外から観察することが生き抜く知恵となったそう。目に見えるもの・見えないものを問わず、伝統的な様式にはとらわれない作風で表現し、日本だけでなくパリやタイでも展示を行うなど国際的にも活躍されています。
松岡さんは、今回の企画に賛同し、子どもたちが安心安全に体全体で描き表現できるよう、有害化学物質等は一切不使用で身体や環境に優しく、簡単に洗い流すことができる絵の具を持ってきてくださいました。
描く、塗る、混ぜる。子ども一人ひとりの表現と探究
いよいよ、子どもたちと保護者、スタッフ、松岡さんが一緒になって自由な表現を楽しむ体験学習がスタートしました。部屋に入った子どもたちはさっそく絵の具に飛びつき、あちこちに描き始めます。
最初は子どもたちの様子を見ていた松岡さんがいくつかの絵の具を手で混ぜ、そのまま模造紙に描き始めました。それを見ていた数人の子どもたち。筆を置いて絵の具を手で混ぜて同じように模造紙に描いたり、自分の体や大人の体に絵の具を塗ってみたり、色を混ぜ合わせることにずっと夢中になったりと、それぞれの表現、探究が展開していきました。
活動時間がそろそろ終わりに近づき、子どもたちは「絵画」として切り抜きたい箇所を部屋のあちこちから選びました。紙のフレームを貼って切り抜き、乾かして、後日、写真用フレームに入れて持ち帰りました。
選択肢や活動の幅の広がりが、子どもたちの「やってみたい」につながる
部屋の中はもちろん、子どもも大人も絵の具だらけになった今回の体験学習。でもここまでの様子からは、これまでつむぎ 阿佐ヶ谷ルームが行ってきたボディペインティングの体験学習と何が違うのかが分かりません。そこで、企画を担当した相原さんにずばり質問してみました。
「実は前月の体験学習も『ボディペインティング 自由に表現をして楽しもう』でした。でもその時は10分、20分で部屋を出たがる子どもたちもいたんです。だから今回もそうならないか不安でした。でも、活動時間が終わりに近づいても飽きる様子もなく、没頭している姿を見て驚きました」と話す相原さん。
その違いは何だったのでしょうか。
相原さんは「前回は『自由に』と言いつつ、色を塗れるようなダンボールの制作物を用意していました。その制作物が枠となって、自由に描く環境になっていなかったのかもしれません。また、松岡さんが絵の具を使う量に制限を設けず、子どもたちの『この色が欲しい』という要望にどんどん応えてくださり、色の選択肢や活動の幅が広がったことも大きかったと思います。しかも今回は保護者の方にも参加していただき、子どもたちと一緒に絵の具を塗ったり、子どもたちから塗られたりなどを楽しむ場になったことで、人とのやり取りが苦手な子も自分から関わりにいく姿も見られました」と語りました。
自分がやりたいことをやりきる経験、子ども自身が決める経験をしてほしい
実は子どもメインのワークショップ開催は初めてだったという松岡さん。今回の体験学習について、印象深かったことをお聞きしました。
「ある子が、一人で静かに描いていた子が使っている絵の具を見て『これ、ちょうだい』と取っていきそうになっていたんです。取り合いになっている様子を見ていたら、その絵の具を使っていた子が勝ち取りました。声が大きい子にいつも譲りがちになると思いますが、負けずに、自分が今楽しいと思っていること、やりたいことを貫くことも大事だなと感じました。私も先生も助けに入ることはできるけど、自分がやりたいことをやりきる経験のためにはちょっとぐらいけんかになってもいいかな、と思いながら子どもたちの様子を見ていました」
どろんこ会グループでは、人と関わる力や感情コントロールする力は、けんかや物の取り合い、失敗などトラブルも含めた後天的な経験から育まれると考えています。この日もあちこちで小さなぶつかり合いがありました。どちらかが気持ちを切り替えることもあれば、お互い譲らないことも。スタッフだけでなく、松岡さんや保護者の方々がそうしたトラブルを一緒に見守ってくれる場だったこともあり、大きなけんかに発展することなく、いつの間にか、絵の具の色が変わっていく様子を一緒に観察しているなど、子どもたちはうまく折り合いをつけているようでした。
また、松岡さんが惜しみなく絵の具を出すことについてお尋ねすると、
「私は『この色で描きなさい、こう描きなさい』とは言えないけど、子どもたちがやってみたいと思った時にいろいろな選択肢を出せると思っています。例えば緑と青が混ざって黒っぽくなってくると、色の選択肢が狭まってしまいます。その時は、すかさず白の絵の具を多めに出して、選択肢がまた広がるようにしました。また、子どもたちが絵の具を足してほしいとカップを持ってきて、私が入れるのを待つのですが、ボトルを渡して、自分で好きなだけ入れていいよと言いました。今回は『自由に』がテーマなので、どうやって入れるか、どれぐらい使うのかも子どもたち自身が自分の力量で自由に決めてもらいたいと思ったんです」と話してくださいました。
どろんこ会グループのスタッフは子どもたちに「育みたい力」「そのために必要な経験」を考え、「10よりも100のホンモノの経験」ができる機会の提供のために、常に創意工夫をしていますが、地域の方やプロフェッショナルな方からのご協力があるからこそ、実現可能なこともたくさんあります。今後も、各施設が地域との交流を通して実現するホンモノの経験についてレポートしてゆきます。