どう実現するインクルーシブ保育? 保育園と発達支援、両施設長が本音で対談
2022年12月26日、厚生労働省より全国の自治体に向けて、認可保育所と児童発達支援事業所を併設するにあたっての障壁となっていた省令の改正と施行の連絡がありました。
どろんこ会グループは2015年に初めて認可保育園と児童発達支援事業所を一つ屋根の下に併設した駒沢どろんこ保育園・発達支援つむぎ 駒沢ルームを東京都世田谷区に開設しました。以来、この併設モデルを東京、埼玉、千葉、神奈川、福島に8カ所オープンし、障害の有無にかかわらず子どもたちが共に生活するインクルーシブ保育を実践してきました。
しかし、建物を一つにしてただ一緒に過ごせばインクルーシブ保育になるわけではありません。どろんこ会グループでも壁にぶつかり悩みながら、真のインクルージョンを目指し、併設モデルを運営してきました。
今回はその中の一つ、メリー★ポピンズ 桶川ルームと発達支援つむぎ 桶川ルーム(埼玉県桶川市)の両施設長に、併設ならではのやりがいや苦労などを対談形式でインタビューしました。
キャリアもインクルーシブ保育との接点も全く異なる2人が施設長に
メリー★ポピンズ 桶川ルームは2017年4月、発達支援つむぎ 桶川ルームは同年5月に開園しました。JR「桶川」駅徒歩1分、「おけがわマイン」の4階にある、テナント型の施設となります。
メリー★ポピンズ 桶川ルームの施設長を務める千葉さんは、幼稚園で10年以上勤務したのちに保育園でも経験を積み、桶川ルームの開園と同時にどろんこ会に入社。2021年に施設長に就任しました。
つむぎ桶川ルームの施設長を務める森田さんは作業療法士として放課後等デイサービスに勤務後、どろんこ会に転職。イエナプラン教育(※)について学ぶため、3カ月間休職してオランダに留学、帰国後に桶川ルームに配属となり、2020年に施設長に就任しました。
※イエナプラン教育は、ドイツで始まりオランダで広がった、一人ひとりを尊重しながら自律と共生を学ぶオープンモデルの教育(日本イエナプラン教育協会より)
—お二人はどろんこ会グループに入社される前からインクルーシブ保育についてご存じでしたか?
森田:学生時代から言葉自体は知ってはいましたが、社会人になってからはあまり意識していませんでした。海外の現状も知り、インクルーシブ保育と統合保育の違いは何かなどを調べ、桶川ルームに足りていないことを考えながら、あらためて学び直しました。今は施設長として手本になれるよう研鑽し、スタッフの思いを受け止めながら、桶川ルームらしいインクルーシブ保育を発信していかなければならないと思っているところです。
千葉:幼稚園では長年集団で動く一斉保育に取り組んできました。働いているスタッフ、保護者ですら発達特性の違う子どもを特別視し、加配をつけるのが当たり前で、皆が混ざって一緒に過ごすという概念はありませんでした。ですのでインクルーシブという言葉は働きながら学び、今に至ります。どろんこ会に入社して1、2年目はそれまで自分がもっていた常識は常識ではないというくらいの衝撃の連続でした。ただ、実践してみて異年齢保育と同様、助け合って補い合いながら皆で過ごすことのよさを実感しています。また、インクルーシブ保育の中での子どもの成長にも驚かされています。
建物を同じにしたからインクルーシブ保育と言うことなかれ!
—いざ併設施設で働いてみて難しさを感じたことはありましたか?
千葉:同じ屋根の下にありながら一方は認可保育園、他方つむぎは障害福祉サービスと全くの別事業であることに難しさを感じています。例えば保育園児の中に発達に気がかりのある子がいた場合、つむぎの支援も受けながら保育をした方がよいのではと思っても、法令上、つむぎのスタッフがその子どもの支援をすることはできません。同じ子どもなのに、同じ場所にいるのになぜできないのかというもどかしさがありました。
森田:まさにそのとおりで、縦割り行政による壁を感じました。(※)
※省令改正により2023年4月からは保育園と児童発達支援センター・事業所双方がそれぞれに必要な基準を満たしていれば、同じ施設を共用でき、スタッフも双方の子どもの支援が可能になりました。詳細は下記リンク参照。
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—当初、桶川ルームは保育園とつむぎの入り口が別々だったと聞いています。
千葉:そうなのです。そこでつむぎの保護者にも保育園と同じ玄関を使っていただくようにしてみたところ、保育園スタッフもつむぎの保護者と交流ができるようになりました。実は事務所内のスタッフ同士のデスクも離れていたので、レイアウトを変え、机を一つにつなげました。全スタッフがどの机を使ってもよいとしたところ、これまで見えていなかったお互いの作業が見えてきました。
森田:お互いの業務について興味をもって質問したり、空いている時間に「今、時間あるから手伝おうか」と言葉をかけたりする姿も多く見られるようになりました。併設施設において物理的な壁があることはとても大きい課題で、スタッフ同士のコミュニケーションに影響を与えていたことがよく分かりました。
—保育をするにあたっての課題はいかがでしょうか?
千葉:当初は保育活動や行事の際につむぎのスタッフにどのようにかかわってもらうかに悩みました。なぜ保育園の行事や活動にかかわらなければならないのかと思っていたつむぎのスタッフもいたかもしれません。
森田:自分としても作業療法士として保育の現場に入ったことがなかったので、当初はどういう動きをすればよいのか分かりませんでした。全体を見る力、動き方、発想力など保育スキルの違いを感じ、自分もレベルアップしなければと思いました。つむぎのスタッフはつむぎ側の行事計画を持ち回りで立てていた時期もあり、保育園の活動や行事と自身の業務がかみ合わずに悩んでいたこともあったのではと思います。
—子どもへの対応という点ではいかがでしょうか?
千葉:当初保育園のスタッフは、つむぎの子どもたちを時々活動に加わっている程度に考えていたと思います。つむぎのスタッフとしては保護者へのフィードバックが必須なので、利用児をしっかり見なければなりません。そんな中でつむぎのスタッフが保育園の子どもも見るというのは大変ではないかと思う一方で、インクルーシブ保育だから双方のスタッフが情報共有しながら全ての子どもを見るのがよいのではという思いもあり、今でも迷う時があります。
森田:同じ思いです。子どもの感情や動きなど状態によってはつむぎの子につきっきりの支援となる時もある中で、保育園の子どもにかかわりを求められたりするとどう対応すべきか悩みます。さらにつむぎでは各々の発達状態に合わせて個別支援も行っているので、事務や休憩の時間も保育園スタッフとは異なり、なかなかスタッフ同士で状況を共有する時間がとれないことにも課題を感じていました。
子どもにかかわる大人こそが変わるべきだった
—さまざまな課題がある中で改善に向けどのような取り組みをしたのでしょうか?
千葉:同じ屋根の下にいながら業務が違うので、双方の状況を分かり合っていないと保育ができない、まずはお互いを知ることから始めようと、各々がもつ専門資格について知るための勉強会などを開くことにしました。
森田:つむぎの中には保育園スタッフが何をしているかを知らないスタッフもいました。お互い歩み寄る必要がありました。
—双方を知ることから始め、どのような変化がありましたか?
森田:お互いに話してみるといろいろな考えや見方があり、それに共感したり、改善案が出てきたり、つむぎでも保育園のスタッフの思いを取り入れてみるきっかけになりました。また、つむぎのスタッフは保育園の一日の流れを理解したことにより、つむぎの子どもたちに事前にどのような活動をするのかの導入ができ、余裕をもって準備できるようになりました。
千葉:保育園のスタッフもつむぎの子どもたちに声をかけることが多くなりました。また、スタッフ同士のコミュニケーションも増え、協力体制ができてきたと思います。そのような大人の姿を見て、子どもたちもつむぎの子は仲間なんだという意識が芽生えたと思います。
森田:子ども同士で声をかけ合うからか、つむぎの子どもも安心して活動に参加する姿が見られるようになりました。その場面に寄り添う大人がいることも大事だと感じています。
千葉:印象に残っているのが運動会の練習の時のこと。パラバルーンの練習をしているところに、つむぎの子どもが楽しくなってバルーンのまん中に入ってしまったのですが、子どもたちはそれを怒ることなく受け入れていました。子どもたちの心が育っている、そのように感じました。
併設にはさまざまなスタッフがいることが強み
—あらためて保育園と児童発達支援事業所が併設されていることのよさについてどう考えますか?
森田:さまざまなスタッフがいるので、いろいろな価値観や視点があります。それをどんどん発信してもらい、施設長やスタッフがキャッチする、そのような空気感を保ちたいと思っています。そういう大人の姿を子どもたちが目にすることで、子ども同士で関係性を築いて遊びを展開できるとよいなと思っています。子どもたちのかかわりにおいて、つむぎに作業療法士、公認心理師、言語聴覚士といった専門士がいることは強みではないかと思います。
千葉:森田さんが言うように、保育士だけでなく専門士もいるのは心強いです。スタッフ同士で学ぶことのできる場所であることが魅力です。また、保護者の中には併設に魅力を感じてご見学に来ていただくこともあります。子どもが成長する過程で発達に気がかりがあったら見てもらえるのですか?といった質問も受けます。地域の中でも併設施設に求められる役割を考えながら、全ての子どもを育てる施設になりたいと思います。
そもそも施設長の2人がキャリアもインクルーシブ保育との接点も全く異なるところから出発した桶川ルーム。スタッフ同士の関係性を構築し、時には入り口やデスクの並び方といった物理的な壁も取り除きながら、さまざまな課題を乗り越えることができたのは、施設長同士のコミュニケーションがしっかりとできていたからではないでしょうか。施設長がスタッフに自らの背中を見せて教え、そしてスタッフがインクルージョンを理解し実践することで、子どもたちに背中を見せていくことが何よりも大切だということが伝わりました。
どろんこ会グループでは今後も、障害の有無にかかわらず全ての大人が全ての子どもを育てる事に取り組み、インクルーシブ保育の実践事例を広く共有してまいります。
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