インクルーシブ保育・就労支援・農福連携も新たなフェーズへ 走り続けるどろんこ会の2023年度
2023.04.13
「0歳から人生を終えるその時まで、誰もがよく生きられる社会を創る」
「守る・分ける福祉から、ジブンで選ぶ・社会を生きる福祉へ」
このメッセージを掲げ、グループ初の就労支援事業、関東圏での農業への挑戦が始まった2022年度。また、2022年度にはインクルーシブ保育に対する国の動きもありました。インクルーシブ保育のパイオニアであるどろんこ会グループは2023年度、どのような取り組みをしていくのでしょうか。安永理事長と高堀代表にインタビューしました。
新たに就労支援・農業に挑戦した2022年 今後さらなる事業展開に期待
—2022年度はまず4月に株式会社Doronko Agriを設立しました。この1年を振り返っていかがでしょうか?
高堀:子どもたちには極力農薬を使わずに生産された食材を口にしてもらいたいという想いがあり、新潟県南魚沼市で運営している南魚沼生産組合でも減農薬による米作に挑戦し、給食米の100%自給自足を実現しました。
2022年度に立ち上げたDoronko Agriはスタッフ1名で畑を探すところからのスタートでしたが、現在畑は約1ヘクタールとなりました。2月には完全無農薬で育てた小松菜を収穫し、日高どろんこ保育園(埼玉県日高市)をはじめとする一部の施設の給食に提供できたことは確実に第一歩を踏み出したと感じています。
—2022年度はグループ初の就労支援事業も立ち上げました。7月に就労支援つむぎ 武蔵野ルームがオープンし、つむぎCAFE武蔵野の運営も始まり、まさに初めて尽くしだったのではないでしょうか?
安永:カフェで提供するスパイスカレーのレシピを試作するところから始まった、まさにスタートイヤーでした。ただ、チャレンジすると決めたところにトライできた1年だったと思います。
多くの就労継続支援事業所では一種類の商品製作だったり、一種類の仕事であったりと限られがちですが、就労支援つむぎ 武蔵野ルームでは、調理や接客、販売はもちろん、施設隣地の栗畑での農作業、さらにはグループ内で使用する布製品の縫製作業など、幅広い仕事を同時並行的に実施しています。その中から利用者の方たちがジブンで選択し取り組むことで、個々の興味関心や強みを生かすという形をつくることができたことも一つの成果と言えると思います。
高堀:私は就労支援事業を立ち上げる前から、健常者と障害者の働く場所を分けすぎていること、そして経営者目線が抜けていることに課題を感じていました。私たちは働くことに対してプライドをもつことのできる職場環境をつくり、きちんと利益が出る仕組みづくりを目指しています。
そのためには製品をただ作るだけではなく、どうすれば売れるのか、どうブランディングして付加価値を与えるかを考えなければなりません。東京都によると2021年の就労継続支援B型事業所の月額の平均工賃は15563円でしたが、私たちが目指すのは四大卒の月給レベルです。
—2023年度、農業や就労支援ではどのような取り組みを予定していますか?
高堀:Doronko Agriの現在の畑は埼玉県日高市にありますが、井戸を掘って井戸水を使えるように工事をしているところです。今後、関東圏でさらに畑の取得を進めていきたいと思っているので、引き続き農地を探していきます。
南魚沼生産組合も拡大しています。南魚沼市内の「とちくぼパノラマ農産」の買収に伴い、田んぼの面積が約40ヘクタールまで増加しました。それに伴い保管施設の拡大を予定しています。さらにはジビエの解体処理施設、クラフトビールの醸造所の建設を南魚沼市および新潟県と共に計画し、2024年度中に実現できるよう鋭意準備を進めています。
就労支援事業においては、つむぎCAFE武蔵野に新たに焙煎機を導入しました。ポーランドから取り寄せたもので、カフェの雰囲気やデザインにぴったりな機械です。コーヒー豆はスペシャルティコーヒーという品質の高いものです。それを自分たちで焙煎するので、大阪の専門家に学びました。今後はこのコーヒー豆の販売にも力を入れていきたいです。
さらに、日本スペシャルティコーヒー協会で審査員を務めながら、著名なカフェの立ち上げから店長までを経験された方が、ご縁あってカフェの運営に協力くださることになりました。今後は焙煎技術とカフェの在り方を一緒に考え、さらなる高みに引き上げていきます。利用者の方がコーヒーに関わる各種大会に挑戦することも視野に入れています。
私たちは保育に取り組む中で障害のある子どもの生きづらさ、成人後の課題を目の当たりにしてきました。だからこそ、就労支援において職業選択の幅を広げるためにこのようにさまざまな活動に挑戦することで、「0 歳から人生を終えるその時まで全ての人が生きる力をもって、よく生きられる社会を創ること」につなげていきたいと考えています。
継続的な学び、そしてキャリア形成へ キャリア相談室発足
—ジビエにビール、カフェの新しい姿など、わくわくするような取り組みが待っています。そのほかどろんこ会グループとして2023年度に新たに始めることはありますか?
安永:2023年度から新たに「キャリア相談室」を設置しました。2021年に厚生労働省が「第11次職業能力開発基本計画」を策定し、企業におけるキャリアコンサルティングの推進が明記されたことも受け、2022年には、セルフ・キャリアドック(※)を導入、着々と準備を進めてきました。
※セルフ・キャリアドックとは、企業がその人材育成ビジョン・方針に基づき、キャリアコンサルティン グ面談と多様なキャリア研修などを組み合わせて、体系的・定期的に従業員の支援を実施し、従業員の主 体的なキャリア形成を促進・支援する総合的な取組み、また、そのための企業内の「仕組み」のこと。
保育業界においては画期的な取り組みだと思っています。保育士の職業選択において「子どもが好きだから」という動機を多く聞きますが、そのせいか「保育士になる」という夢を実現した後のキャリア形成がおろそかにされがちな業界になっていたことも事実です。それが102万8000人(※)の潜在保育士がいる現状を生み出した一因でもあると考えます。私たちは保育士がどのようなキャリアを積み、5年後、10年後にどうありたいかを常に考えられる業界をつくりたいと思っています。そのためにいち早くロールモデルになろうと考えました。
—継続的なキャリアのためには学びが欠かせません。だからこそ、どろんこ会グループでは学びの場の創出に力を入れてきました。社内および社外の方も参加できる子育てスキル講座の企画運営、社内講師制度の確立、さらには東京都保育士等キャリアアップ研修の実施事業者にもなりました。そしていよいよグループ会社である株式会社日本福祉総合研究所で園長大学Ⓡ・保育士大学も本格始動となります。
安永:園長大学Ⓡ・保育士大学は長らく準備を進めてきて、まずは2022年度にグループ内のスタッフに向けての配信が始まりました。多種多様な講座をいつでもどこでもオンラインで視聴できるものです。今年度はコンテンツのさらなる充実を図り、2024年度に外部への公開を目指しています。現在日本には64万5000人(※)の保育従事者がいます。若い保育者は学び続け、また年を重ねたベテランの保育者も学び直しが必要だと思います。そして102万8000人の潜在保育士にとっても、すべての保育士が学び続けることを後押しするために、そして保育業界が更新していくためにも園長大学Ⓡ・保育士大学が果たす役割は大きいと思っています。
※出典:令和4年版 厚生労働白書 図表1-2-64 保育士の登録者数と従事者数の推移
国も動いた! 真に壁のないインクルーシブ保育への挑戦
—2022年には障害者権利条約について国連からの改善勧告や、厚労省の省令改正に関する事務連絡といった、インクルーシブ保育を推進するどろんこ会グループにとって大きな動きもありました。
高堀:これまでは保育園と児童発達支援事業所の入り口を別にしなければならなかったり、部屋は壁で仕切って双方の交流ができないよう完全に分けるよう指導をされたりしてきました。その制限の中でどこまで子どもたち、そして大人も混ざることができるか苦心し、ある意味行政の壁に挑戦してきた7年でした。私たちが求め続けてきた理想的な環境がようやく2022年12月の厚生労働省からの事務連絡で認められました。施設整備の視点からは整ったといえるので、今後は保育そのものに集中できるようになります。
安永:保育園と児童発達支援事業所の子どもたち、そしてスタッフの働き方においても混ざることが認められましたが、これまで保育園、児童発達支援でしか働いたことがない人にとっては、混ざり合って子どもを育てるというのは未知のことです。それを一言で「インクルーシブ保育を実施する」といって混ざることができるのでしょうか?2022年にさまざまな場所で講演をするたびにされてきた質問です。
同じ施設で混ざり合うことで、自分の担当ではない子どもを見ることに疑問や不安をもつことは日本中どの現場も同じです。私たちは少なくとも7年間その葛藤を抱きながら方法を模索して確実に見えてきたものがありますが、子どもを育てる大人側のインクルージョンにおいて課題はまだあると感じています。
どろんこ会グループの本部ではこれまで保育園を統括する運営部と、児童発達支援センター・事業所を統括する発達支援事業部とに部署を分けていました。しかし、組織自体がインクルージョンを実現できていないにもかかわらずインクルーシブ保育をすることができるのだろうかという問題提起を数年前から投げかけてきました。そして2023年度、全ての大人が全ての子どもを見る体制をつくれるよう、ようやく両部署を統合することになりました。
2022年度にあった障害者権利条約に関する国連勧告、厚生労働省からの事務連絡、そして3月にあった東京都からの明確な説明(※)とインクルーシブ保育に対する追い風が吹いてきたところに、私たちが今取り組もうとしていることがぴったりと一致した、そんな印象を受けています。
※詳細はこちらより。
東京都、インクルーシブ保育の実施に際しての「指導訓練室と保育室の仕切りがない一体的な空間」を明言
厚労省、いよいよインクルーシブ保育推進に本腰 「インクルーシブ保育のパイオニア」として現場を知るどろんこ会の提言が結実 全国で認可保育所と児童発達支援事業所の併設の障壁撤廃へ
障害者権利条約 国連から初の改善勧告 「インクルーシブ保育」のパイオニア、どろんこ会グループは 学校での「インクルーシブ教育」の土台を乳幼児期からつくります
—2023年4月に新たに開園した3園全てが併設施設であることは、どろんこ会グループにとっても大きなチャレンジとなると思いますがいかがでしょうか?
安永:2023年4月に開園した内箕輪どろんこ保育園(千葉県君津市)、香取台どろんこ保育園(茨城県つくば市)、メリー★ポピンズ 海老名ルーム(神奈川県海老名市)は当初3、4、5歳児部屋に壁をつくる設計にしていました。しかし2022年12月の厚生労働省の通知を受け、急遽その壁を取り払えるよう各自治体に確認し、設計を変更しました。
壁をなくすことができたので、室内の備品配置を工夫しました。例えば発達支援に必要な専門的な備品をあえて保育室側に置き、本のコーナーを発達支援室側に置くことで、互いの行き来を促し、交流を後押しするようにしています。一方で一人になりたい時などは可動式の備品を活用して、空間と時間を保証できるようにします。2023年度は完全に壁のないインクルーシブ環境に挑戦していく年になると思います。
そして本部の新体制でのインクルージョンもチャレンジです。「今まではこうだったから無理」ではなく、前例がないからこそ「こうしたらどうだろうか」という気持ちをもって全スタッフが挑むことが求められます。
私たちどろんこ会グループのインクルーシブ保育は今後においても急拡大するのではなく着実に一歩一歩実績を積み上げていきます。また、今多くの自治体でインクルーシブ保育に対する関心が高まっているので、さまざまなインクルーシブモデルの施設整備をはじめ運営ノウハウの提供や、研修や学びの共有を進めていきたいと考えています。
—2024年度には東京都東大和市にグループ初となる認可保育園と児童発達支援センターの開設も控えています。
安永:2023年4月には、新規に開所する認可保育園を全て併設園とすることができました。これは本当に長年かけて目指してきましたが、各自治体でも前例がないためなかなか実現がかなわなかったものです。そして2024年度、さらに前例のない、東京都で初めてとなる認可保育園と児童発達支援センターの併設施設が実現します。国連の勧告よりも厚生労働省の省令改正よりも先に開所を決定した東大和市は本当に先見の明のある自治体だと思いますし、そういう考えを持っている自治体とパートナーになることができたことは本当に意義深いことです。
今年度、本当に壁のない中で子どもも大人も混ざり合って子育てをしていく、実際には本当に大変な挑戦ですが、トライアルアンドエラーを繰り返しながら2024年度に向かっていきたいと思っています。
そして東大和市の事例はぜひ多くの方にお越しいただき、今後のインクルーシブ保育の参考にしたいと思っていただけるような場所にしていきたいと考えています。
新しいチャレンジが満載の2023年度のどろんこ会グループ。今後にどうぞご期待ください。
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