チームで実践 医療的ケア児の保育 メリー★ポピンズ 海老名ルームの事例ー前編
どろんこ会グループではインクルーシブ保育を推進する中、医療的ケア児(医ケア児)も受け入れてきました。今回は2023年4月に開園し、医ケア児を受け入れたメリー★ポピンズ 海老名ルーム(神奈川県海老名市。以下、海老名ルーム)の事例を前・後編に分けて紹介します。
全国的に増加する医療的ケア児の保育園での受け入れ
2021年に「医療的ケア児支援法」が制定され、厚生労働省は「保育所等での医療的ケア児の支援に関するガイドライン」を出すなど、体制の整備を進めてきました。
医ケア児の保育園での受け入れは全国的に増えている一方、現場・行政ともに医療的ケアを実施できる看護師を確保できなかったり、利用を希望する子どもに必要な医療的ケアの提供にあたり施設整備が対応していないといった課題があるようです(下記関連記事参照)。
そのような背景もある中、どろんこ会グループでは自治体などからご依頼をいただき、医ケア児とインクルーシブ保育をテーマとする研修を実施する機会も増えてまいりました。
混ざり合って多くの経験をすることで医ケア児も周囲の子も伸びる
2023年4月の開園を控えた2022年12月のことです。海老名ルームの施設長に就任予定だった松澤さんは、海老名市から医ケア児の受け入れの打診を受け、保護者と市の担当者との面談に臨みました。
この時面談したのは2人。1人はダウン症候群のお子さま。もう1人は双子で超低出生体重児の、慢性肺疾患で酸素ボンベが必要な医ケア児でした。
松澤さんは「12月の時点では私と主任以外のスタッフの配属が未発表だったため、看護師の配置があるかどうかがまだ分かりませんでした。これは新規にオープンする園ならではの状況ではあるものの、受け入れて終わりではなく、子どもたちをどのように育てていけるのか、きめ細かな対応が継続して可能なのか、保護者様のお考えやご要望にお応えできるのかを慎重に判断しなければならないと考えました。
いざ、保護者様と対面すると、その姿から本当に一生懸命『今』に向き合い、子育てをされていることが伝わってきました。直接会って事情を話したうえで断られた時の保護者様の心情を想像すると、その後のご家族の生き方や生活まで変えてしまいかねないと思いました。必死な保護者様を前にして、保育のプロである自分自身の専門性を問いました。そして保育園と児童発達支援の併設施設である海老名ルームの責務でもあると考えました。
私はこれまで保育してきた中で、いろいろな子どもの中に混ざってたくさんの経験をする方が、医ケア児も周囲の子どもたちも伸びるということを知っていました。海老名ルームでどろんこ会が実践している保育のもと育てれば、この子たちもきっと自分らしさを発揮して育つだろうと確信していましたし、それは受け入れることを前提とした決意でもありました」と、当時を振り返ります。
酸素ボンベの取り扱いもスタッフ全員で習得
開園前の2月、3月には全スタッフが集まる機会がありました。そこで受け入れの決まった子どもたちの状態を伝えた松澤さん。
「子ども、保護者様の状態をできる限り客観的に、事実を淡々と伝えるようにしました。子どもの尊厳を守り、ありのままを受け止めて関わってほしかったからです。ただ、12月に面談した時の保護者様の様子も伝え、その思いを想像しながら力を合わせて保育をしていきましょうと話しました」。スタッフは併設施設である海老名ルームにはそのような役割があることをあらためて理解し、冷静に受け止めている印象だったと言います。
現場での一番の懸念は、5m以内火気厳禁の酸素ボンベの取り扱いでした。「もし散歩中に歩きタバコの人とすれ違ったらどうしようか。園でたき火をすることがあるかもしれない」などいろいろなことが頭をよぎりました。ただ、事前に保護者を通じて酸素ボンベの取扱業者の方に依頼し、園でレクチャーをしていただきました。スタッフは仕組みを正しく理解し、不安や恐れが和らいだといいます。
異年齢保育・インクルーシブ保育のよさを発揮
いざ保育が始まると、どろんこ会グループが実践する異年齢保育・インクルーシブ保育のよさが発揮される場面が多く見られました。
酸素ボンベが必要なHさんは、リュックに入れた器具からチューブを出して鼻につないで過ごしています。Hさんは室内をはいはいで移動する際、リュックを置いたままだと動けなくなってしまうため、スタッフが都度リュックを運んでいました。その姿を見ていたと思われる別の2歳児が、ある時Hさんのリュックをごく自然にそばに動かしていたのです。
「最初はなぜ器具をつけているのかといった疑問をもつ子どももいましたが、私たち大人が当たり前のこととして受け止め過ごしていると、子どもたちも同じように受け止め、Hさんの姿はごく当たり前のこととなりました。そして、何かできないことがあると手伝ったり、助け合ったりすることが日常に定着しました」と松澤さん。
海老名ルームでは天気が良い日は毎日散歩に出かけ、Hさんも入園当初はおんぶで一緒に参加していました。夏ごろには友達と手をつないで歩けるようになったので、自分の足で生活体験の範囲を広げられるよう、秋からは2歳児クラスではなく1歳児クラスと共に活動をするようにしました。「2歳児だから2歳児クラスと一緒にするのではなく、その子が主体的に関われる活動を選んで保育計画を考えました」と、発達年齢に応じて活動を選べるのが異年齢保育のよさだと松澤さんは指摘します。
子どもを中心に保育者、保護者が成長を喜び合える循環
Hさんの保育にはスタッフ全員チームであたっています。
特に看護師の我妻さんは確固たる専門性をもちながら保育に携わり、松澤さんの信頼も厚いスタッフです。
Hさんは入園から数カ月後たったころから、園内での生活において酸素ボンベを2時間外す練習をすることになりました。そのため酸素濃度を定期的に測る必要が出てきましたが、保育士が分からないときは我妻さんに積極的に聞きに行き、また我妻さんも酸素ボンベの装着の仕方が違うことに気がついた時には画像付きで教えるなど、スタッフ全員の学びが深まりました。
我妻さんはケアの中心を担いつつも、散歩や給食に参加し、全ての子どもの保育に関わり、「混ざる」ことを大切にしています。
医ケア児はもちろん、全ての子どもを全てのスタッフがチームとなって保育することはインクルーシブ保育においてとても重要なこととなります。
開園から一年が過ぎた今、松澤さんはよい循環が生まれていると感じています。
「医ケア児含め全ての子どもたちが混ざり合って自分らしく育っています。その成長を保護者の方が手放しで喜んでくださり、その姿を見た私たちスタッフもがんばろうと思える。海老名ルームの土壌をつくってきた一年の成果です。ただ、子どもたちがかわいすぎてついスタッフが関わりすぎてしまっているというのは課題かもしれません。必要な分だけ保育、支援し、子どもたち自身が助け合い、遊び合える環境構成を整えていく2年目にしていきたいと思います」と語りました。
後編:医療的ケア児の保護者様インタビュー メリー★ポピンズ 海老名ルームの事例ー後編
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