どろんこ会グループで広がる体と心を育てる運動遊び カギとなるのは言葉掛け
2024.08.15
運動遊びといえば、かくれんぼや鬼ごっこ、どんじゃんけんなどの昔ながらの遊びや、跳び箱やマット、ボールなどを使った遊びを中心に、体を動かす活動を指します。この運動遊びを通じ、体だけでなく心も育んでいこうと一つの園を越えて活動を広げているスタッフを紹介します。
運動遊びを通じ共感力や折れない心を
長澤さんはどろんこ会グループに2007年に入職。小平市にある株式会社ブリヂストンの事業所内保育所のころころ保育園※1に長年勤務し、現在は2024年4月に開園した東大和どろんこ保育園(東京都東大和市)で主任を務めています。
※1 どろんこ会のグループ会社である株式会社日本福祉総合研究所が運営受託
長澤さんが運動遊びを始めたきっかけは、ころころ保育園で子ども同士の正面衝突によるけがが多かったこと、子どもたちの様子が落ち着かず、気持ちが荒れていると感じていたことでした。
体育大学で学び、保育の道に進んだ長澤さん。施設長から体育大学出身ならではの経験を生かしてみてはとのアドバイスも受け、もともと園にあった「安田式遊具」※2を活用し、また「安田式体育遊びサーキット」※3を学び、取り組み始めました。
安田式体育遊びサーキットでは、マットの上を走ったりけんけんをしたり、鉄棒でぶら下がったりくぐったり、平均台で上り下りしたり渡ったりなどをぐるぐると回りながら行います。長澤さんは、子どもたちが前の人とぶつからないようにスペースを見極め、スタートのタイミングを自分で判断できるように言葉掛けを工夫したと言います。また、危険予知ができるようになるために目と体の協応動作がスムーズになるような動きを取り入れました。子どもたちの状態を見て必要と思った動作を運動遊びに組み込んでいったのです。
※2 長年教育現場で幼児の運動遊びを研究してきた安田祐治氏が開発した、自らの発意で取り組み熱中できる遊具。
※3 安田式体育遊びは体力・技能向上のための訓練的な運動ではなく、日常の遊びの中で友達と一緒に楽しみながら、共感力、模倣力、観察力、発見力、判断力、対応力を身につけ、全身を巧みに操れるようになるため安田氏が考案した指導方法。その中で年齢・発達に応じて多様な動きをセット化して効果的に行うサーキット遊びを指す。
さらに、この運動遊びを実施する中で大切にしたのは、「一人ひとりの反応を見逃さず、子どもと目と目をしっかり合わせたり、ハイタッチをして手と手を合わせたりすることで、保育者と子どもが気持ちを合わせていくこと」でした。子どもたちの「楽しい」「できた」という気持ちを共有し、共感力を育むことにつながると言います。
また、タイミングのよい言葉掛けも大事で、「例えば平均台を渡っている時にバランスを崩して足をついた子がいたら、すかさず『上手に降りたね』と伝えることで、足をついたことは失敗ではなくなり、再びやってみよう、挑戦してみようという折れない心を育むことにつながります」と長澤さん。
「ころころ保育園で運動遊びを続けた結果、日ごろの行動においても子ども同士のトラブルが少なくなったように感じました。相手との距離感や現状を把握して判断する力が育ったと同時に、ポジティブな言葉掛けによって自己肯定感も高まり、自分の考えに自信をもつことができたからではないかと思います」と振り返りました。
言葉掛けで変わる子どもの姿
この長澤さんの運動遊びに感化され、自園の保育に取り入れ始めたスタッフもいます。千葉県の市川どろんこ保育園で幼児リーダーを務める永井さんは、ころころ保育園にたまたま見学に行った時に長澤さんの運動遊びを見て「その後の自身の保育が180度変わりました」と話します。
永井さんはもともとサッカーが得意で子どもたちにも教えていたこともあり、保育士を目指しました。「運動を通じて健康な体を育てたいという思いがあり、子どもたちとはボール投げなどを一緒にしていましたが、長澤さんの運動遊びを見てからは、活動のねらいや動き方、そして言葉掛けの大事さを学びました。昨年度の運動会や生活発表会では、子どもたちに失敗と感じさせずに挑戦し続ける気持ちを育めるよう意識して取り組むことができました」と振り返ります。
長澤さんが市川どろんこ保育園を訪問し、永井さんの運動遊びの様子を見てアドバイスや意見交換をすることになりました。
保育室に向かうと、跳び箱や平均台、マットを使い、夢中になって遊んでいる4歳児の姿が。「ころころ保育園の取り組みを見てサーキット遊びを取り入れました」と永井さん。
しばらく全体を観察していた長澤さんは、「子どもたちはきちんと間隔をあけてスタートしていますね。このサーキット遊びを何度か繰り返すうちに、子どもたちは間隔をつめるとぶつかったり落ちたりするから危ないということを学んでいきます。保育所保育指針に示されている幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿の一つ、体験の中から決まりを守る必要性を理解していく『規範意識』※4を育むことにつながります。保育者は幼児期の間に育ってほしい力を、日々の保育の中にどう組み込んでいくかを考えますが、運動遊びはその手法の一つになると考えています」と解説しました。
※規範意識とは 厚生労働省が定める保育所保育指針において、小学校入学までに育みたい姿や能力を10の項目で示しています。その中の一つに「道徳性・規範意識の芽生え」があり、友達とさまざまな体験を重ねる中で、してよいことや悪いことが分かり、自分の行動を振り返ったり、友達の気持ちに共感したりし、相手の立場に立って行動するようになる。また、きまりを守る必要性が分かり、自分の気持ちを調整し、友達と折り合いを付けながら、きまりをつくったり、守ったりするようになることを指しています。
少しひやっとするシーンがありました。一人の子がはしごから足を踏み外してしまいました。幸いけがもなく、再びはしごを渡るときはより慎重に歩を進めていることが明らかでした。永井さんは共に見守っていた主任の佐藤さんと、不必要かつ大きなけがにつながらないようにとコミュニケーションを取りながらも、子どもの動きを妨げることはしませんでした。
長澤さんは「永井さんと佐藤さんは『落ちたらけがをするよ』とか『危ないよ』といった言葉を子どもにかけるのではなく、次に挑戦した時に『怪我をしないようにバランスとれたね!ナイス』と、委縮させるでもなく、おだてるでもなく、『いつもきちんと見ているよ』ということを自然に伝えていました。大人が『もっとこうすれば』などの指示を出してしまうと、『次はこうしてみよう』という思考を妨げてしまうことにもなります。何かができなかった時ではなくできた時に、よいタイミングで言葉をかけるのが保育者の役割だと思います」と、言葉掛けの大切さをあらためて実感していたようでした。
永井さんは次に、マットの間にボールを挟んで並べ始めました。すると子どもたちはマットの上から落ちないようバランスを取りながら楽しそうに渡っていきます。
主任の佐藤さんは、近くにいた車いすで過ごす子も運動遊びに誘いました。マットに寝転んだ状態で揺らしてみると、とてもうれしそうな笑顔。
実はこの運動遊びは永井さんのその場の思いつきでしたが、全ての子が楽しめる機会となりました。佐藤さんのサポートもあり、インクルーシブな運動遊びにつなげられるかもしれないとの気づきもあったようです。
最後に長澤さんは、「ころころ保育園で運動遊びに取り組み始め、系列園にも広げ、学び合いができるのは、どろんこ会グループならではの強みだと実感しています。運動遊びは挑戦や工夫をする場面が多くあり、ポジティブな言葉掛けをするタイミングが多くある活動ではありますが、あくまでも手法だと考えています。大切なのは『保育者のタイミングの良い言葉掛け』であり、例えば表現活動や音楽遊びでもこの手法を応用できると思います。これからもスタッフ同士のつながりを広げながら学びを深めていきたいです」と、さらなる意欲を見せました。