インクルーシブ保育の実践は併設施設だけではない 中目黒どろんこ保育園と発達支援つむぎ 池尻ルームの挑戦ー後編
前編に続き、中目黒どろんこ保育園(目黒区)と発達支援つむぎ 池尻ルーム(世田谷区。以下、つむぎ 池尻ルーム)の単独事業所同士が連携してのインクルーシブ保育についてお伝えします。
前編はこちら
2024年4月からは、つむぎ 池尻ルームの利用者の支援を中目黒どろんこ保育園の中で行うという、どろんこ会グループでも前例のない取り組みを始めました。
保育園内で支援に挑戦
3歳のSさんは、発語がゆっくりなことが気になり、つむぎ 池尻ルームに通い始めました。
最初は、人見知り、場所見知りもあり、なかなか室内に入れなかったといいます。ならば公園で遊んでみようと個別支援からスタートし、そこに加わる人数を少しずつ増やして、室内でのグループ支援も可能になりました。
徐々に慣れてきたところに青空保育に参加し、中目黒どろんこ保育園の園児たちの中にも加わって共に遊べるようになりました。保護者の方も集団生活ができるかもしれないと自信をもってくださり、保育園での生活に挑戦することになったのです。
Sさんは週に一度、朝から中目黒どろんこ保育園に登園し、給食を食べるまでの時間を過ごすことになりました。
しかし、最初は保育園に来てもなかなかお母さまのそばから離れることができなかったSさん。お母さまもご心配で、離れがたかったようですが、少しずつお母さまの外出の時間を延ばせるようになりました。また、支援をするつむぎのスタッフも何か困ったことがあったときにSさんにとっての安全基地になれるようにとSさんのすぐ近くに控えていましたが、徐々に距離を取って見守るようになりました。
ぶつかり合いや葛藤を経験して成長
一方、中目黒どろんこ保育園の園児たちは皆、新しい友達に興味津々で次々に寄ってきてくれました。どろんこ会の保育園は異年齢保育のため、Sさんも必ず同じ年齢の子と一緒にということではなく、好きな場所、好きな友達、好きな先生を見つけて過ごすようになりました。すると、つむぎ 池尻ルームの時よりも関わる人が各段に増えたことから、必然的に子ども同士のぶつかりあいも発生しました。
「池尻ルームでは物を取り合うとか友達とぶつかるといったやりとりがありませんでした。少人数のグループで過ごしていると、支援するスタッフに頼ることも多く、守られている中で自分の好きなようにふるまうことができました。でも保育園ではいろいろな人と関わりさまざまな壁にぶつかることで、Sさんの心のひだがたくさんできたのではないかと感じています」と、つむぎ 池尻ルームの恩田さんは振り返ります。
以前は何かを訴えたいときはスタッフの服を引っ張るだけだったSさんでしたが、中目黒どろんこ保育園に通うようになってから、自らの言葉で伝えることが増え、つむぎのスタッフもこれほどにたくさんの言葉をもっていたのかと驚いたといいます。
中目黒どろんこ保育園の施設長である中村さんは「子どもはお互いの得意不得意を理解し、順応性も高いです。そして、障害の有無で優劣をつけることはありません。そのため、ある意味容赦がなく、おもちゃを奪ったり、列に横入りなどしたら、すかさず注意します。Sさんもここでは自ら発信しないと伝わらないということや、相手との距離感もだんだんと理解していくことができました。さまざまな困りごとにぶつかりながらも学んで、自信をつけていくというよい循環ができていると思います」と、Sさんの成長を温かく見守っています。
保護者も有意義な時間を過ごし、子どもにも好影響
Sさんのお母さまにも、中目黒どろんこ保育園での支援を始めてからのSさんの変化や成長についてお伺いしてみたところ、
「週1回、4時間の滞在ですが、家では教えたことがないようなことを知っていて教えてくれたり、保育園の友達とやりとりしたことを別の場所で再現していたり、保育園で過ごす間にいろいろなことを学んで身につけていることを実感しています。また、異年齢保育で年上の子と関わる機会がたくさんあることがとてもよいと感じています。つむぎでは本人より年下の子と関わる機会が多いので、年下の泣いている子を気にしたり、他人の気持ちを考えて伝えたりするなど、保育園で学んだ関わりをつむぎで実践していると感じています」とお話しくださいました。
さらに、お母さまご自身についても「子どもと離れて1人で過ごす時間が増えたことで、自分の買い物や好きなことに費やす時間を取れるようになりました。中村先生からも母親が好きな時間を取れることは子どもにもよい影響があると聞いていましたが、その通りだなと思っています」と、ポジティブなお言葉をいただきました。
乳児期からの支援ができるのは保育園ならでは
中村さんは、「保育園と児童発達支援事業所が最初から同じ屋根の下に併設されていることはとてもよいことですが、今回のように園とつむぎが連携することで、共に生活することに向け段階を踏みながら進めると、保護者の方にも無理なく受け入れていただけるよさがあるのではと思います」と、今後さらなる連携に期待を寄せます。
恩田さんも、「つむぎ 池尻ルーム内だけでは経験できないことに子どもたちが挑戦できたことは大きかったと思います。保護者の方からも、集団の中で頑張る姿を見ることができたり、できないと思ってやらせていなかったけれども実はこんなこともできるんだという発見があったり、子どもの成長を見ることができてよかったという感想をいただきました。私たちスタッフが動くことで、できることがもっとあるということに気がつきました。これはどろんこ会だからこそできたことでもあると思います」と話します。
つむぎ 池尻ルームでは、Sさんのほか、1歳児の保護者からも保育園での生活に挑戦したいといったご希望をいただくようになりました。中村さんは「0歳児からの育ちを見つめている保育園だからこそ可能な乳児保育のノウハウを生かしながら支援を行うことが可能となります」と、単独事業所同士の連携の広がりを実感しています。
保育園と発達支援つむぎの連携を地域のインクルージョン推進の先駆的事例に
障害のある子どもの支援については、厚生労働省の障害児通所支援の在り方に関する検討会において、移行支援を含め、可能な限り、地域の保育、教育等の支援を受けられるようにしていくとともに、同年代の子どもとの仲間づくりを図っていくことが求められています。
今後、つむぎ 池尻ルームのような単独の児童発達支援事業所が保育園と連携することはますます重要になってきます。
恩田さんは「近隣の保育園や利用児の所属園との連携も、実践事例があればより取り組みやすくなります。特性があるから集団に入ることができないのではなく、集団に入るにはどうサポートすればよいのか、子どもが園で過ごしやすくなるためにどうしたらよいかを、私たちが専門士としての視点をもちながら実際に集団に入ってみることで保護者の方、園の先生、本人も交えて、さらに踏み込んだ話し合いができるのではと見ています。引き続き、事業所内だけの支援にとどまらず、外に出ていく支援もできる先駆的モデルになれるよう、積極的に働きかけていきたいです」と意欲的です。
併設ではない園と発達支援施設によるインクルーシブ保育の先駆的事例となることを目指す両施設の取り組みに今後もご期待ください。